資本主義の差異創造革新性:ライブドア/フジの臨界点的闘争

創造的事業というアイデアがあるとしよう。これは、マーケッティングを行い、人材、需要、場所、設備等々が適正に見込まれるのであり、あとは、資金や資本が必要である。この創造的事業とは、既存の差異性を連結させて新たな価値を創造するものである。つまり、差異創造・差異生産である。これは、既成の価値観をもつ連続化・同一化した癒着した資本側には、不可視・不可知の物自体である。というか、敵である。連続的同一性形式にあてはまらない物自体である。だから、理解できない。たわごととしか思えない。狂気とした思えない。馬鹿げたこととしか考えられない。ここでは、対話は不可能である。では、どうなるのか。世界経済は、容赦なく、進展している。経経済創造・差異的経済創造をもって革新するのである。脱領土化運動である。ノマディズムである。ここで、保守反動として、資本が停滞したら、それは、世界・国際経済から取り残され、衰退するだろう。資本主義とは、革新主義である。差異主義である。ただ、近代においては、近代主義国民国家主義形態を取っているのである。そして、今でも、帝国の時代でも、この形態は残っている。しかし、資本主義は、ベースは差異的革新性である。これを阻害したとき、資本主義は、社会主義となり、閉塞し、衰退する。ライブドアvsフジサンケイの問題は、このような資本主義の根本・基盤に関する意味をもっているのである。

参照:
http://kaisetsu.ameblo.jp/entry-c95e074ca57e757b0e842f63a9abf894.html