地震と月、不連続的差異論と差異共存社会主義、その他

[備忘録][自然科学] 地震と月

今日12/27は満月である。
http://koyomi.vis.ne.jp/directjp.cgi?http://koyomi.vis.ne.jp/moonage.htm
http://www.moonsystem.to/
http://news.google.co.jp/nwshp?hl=ja&gl=jp&ncl=http://www.people.ne.jp/2004/12/27/jp20041227_46382.html
以前、地震と月との関係に言及したと思う。
以下、「月と地震」を参照
http://blog.melma.com/00122700/20041025041522
残念がら、以上の記事は消えている。
なので、以下を参照
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E6%9C%88%E3%81%A8%E5%9C%B0%E9%9C%87&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=


[叡智学] 不連続的差異論とヌース理論

http://noos.ne.jp/forum3/data/noos/log/tree_100.htm
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December 27, 2004 12:50
[叡智学] 不連続的差異論の系譜と差異共存社会主義

 もう少し精緻にみてみよう。

1.プラトンイデア論
2.ドゥルーズの内在性・・・スピノザ哲学から
3.ドゥルーズの差異=特異性・・・ニーチェ哲学から
4.根井康之氏の東西思想超克論
5.樫村晴香氏のドゥルーズ哲学批判・・・強度と差異との違い
6.ODA ウォッチャーズ氏の差異不連続論
7.ドゥルーズベルクソン的差異=微分的連続論の批判
8.ハイデッガー存在論
9.ガタリの不連続的多元論

これらが、不連続的差異論の系譜だろう。ただ、8.が今一つ不分明である。ハイデッガー存在論は、不連続的差異論の不完全な先駆形態のように思える。つまり、イデア/現象、特異個体性に、類似した側面があるのである。すなわち、ハイデッガー存在論とは、特異的差異/特異的個体性という不連続的差異論に似た図式がある。しかし、不連続的差異論(ないしドゥルーズ)とハイデッガーとの根本的違いは、前者の哲学の差異とは内在的であるのに対して、後者のは超越性がある点であろう。つまり、差異とは個体に内在しているの対して、存在とは存在者の超越であるということである。(ドゥルーズは、ハイデッガー存在論的差異を活用したと思う。すなわち、存在/存在者というハイデッガー存在論の発想を、差異/異化(現象化)として取り入れたと思う。ただし、そこには、ベルクソンの差異=微分論も入れたのである。ハイデッガーには差異=微分論はないと思う。)
 そして、不連続的差異論の社会・経済論的帰結は、本源・根源的民主主義、差異共存主義的経済であり、差異共存社会の形成を指向するのであり、それは、まったく新しい社会主義であると言えるだろう。差異共存社会主義である。

p.s. 一言で言えば、差異不連続論によるドゥルーズ哲学の批判的再構築(整合化)であり、ガタリドゥルーズ哲学のイデア論的構築であろう。

p.p.s. 独創性は、 イデア界/メディア界/現象界のコンセプトと不連続的差異としてのイデア論にあろう。


[叡智学] オスカー・ベッカーの見るプラトンハイデッガーの相違

先にあげた、ベッカーの論文を読んだが、実証的にすぐれているものであり、前者のイデア論と後者の存在論との相違を述べている。しかし、私は、納得していない。不連続的差異論に立つと、プラトンイデアは同一的なものでなく、差異である。つまり、差異としてのイデアである。また、不連続的差異であり、特異性をもつのである。ここで、ドゥルーズの差異=微分論と異なる。この立場に立つと、プラトンイデア論ハイデッガー存在論が結びつくだろう。ハイデッガーは、歴史を見据えて特異な存在を説いた。この特異な存在こそ、不連続的差異に当たるものだろう。樫村晴香氏は、即自的差異として、見たがそれは、違うのではないだろうか。即自的差異は、ベルクソンの差異に当てはまるだろう。ハイデッガーの存在=差異は、対自的である。歴史を見据えたものであるから。では、ハイデッガーの存在の何が問題なのだろうか。思うに、一種超越性があることではないだろうか。ヒエラルキーがあるように思う。それに対して、不連続的差異論は、ドゥルーズ哲学のように内在的である。また、ガタリの絶対的多元論性をもつのである。すると、不連続的差異論は

1.ドゥルーズの内在的差異性と特異性(ニーチェ
2.プラトンイデア
3.ハイデッガーの存在性
4.ガタリの絶対的多元論

を統合しているのではないだろうか。とまれ、不連続的差異論において、プラトンハイデッガードゥルーズガタリが出会うのだろう。また、根源的民主主義強度をもつために、社会・経済変革的指向を強くもつだろう。差異共存主義である。これは、新社会主義である。これまでの社会主義共産主義の失敗の原因をクリアしているのである。ということで、

5.差異共存的社会主義、根源的民主主義

が加わろう。