氣が形而上学的存在であると同時に、量子的エネルギーをもつこと:MP
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氣が形而上学的存在であると同時に、量子的エネルギーをもつこと:MP次元転換、虚軸から実軸へ
テーマ:唯物科学から物質包摂の氣サイエンスへ
以下は明敏に氣の力学を説明している。
氣の形而上学性と形而下性であるが、
この相関の力学は非常に微妙である。
陰陽哲理学はその点、10年以上に渡って、探求してきた。
問題は、虚軸と実軸は不連続であることである。
ここがポイントなのである。
いわば、虚軸の影像が実軸の量子であり、物質なのである。
何度も検討したが、今は余裕がないので、説明できない。
追記:少し説明しよう。
虚軸に陰と陽の氣がある。それが、原点MP(メディア・ポイント)で陰陽結合と陽陰結合をする。
前者が本来の共振であり、生命的活動であるが、後者はより物質的な活動である。
しかし、もっとも、生命体には、両者が複合していると見られる。
さて、氣⇒量子的生命的物質体(身体)であるが、量子的生命的物質体(身体)が氣へと転換することはない。ただし、後者の作用が氣の活動を向上させることは考えられる。
とまれ、簡単に言えば、氣⇒量子であるが、量子⇒氣はないのである。
氣は『養生法の探求』氏が述べるように、物理的発動をもっているのである。しかし、氣=物理的現象ではないのである。この点がいくら強調しても強調しすぎることはない。
しかし、血液であるが、それは、氣が強く作用している生命物質であると思われる。
それは、GP陰陽哲理学では、原点MPに強く関わっていると考えられる。
また、乳酸菌であるが、それは、植物と強く関係している。どうも、先に触れたように、植物と人間のミッシング・リンクのようである。
思うに、植物は、陰陽共振による陰陽結合が強い。それに対して、動物は陽陰結合が強いと思う。人間も動物的な側面ではそうである。しかしながら、人間には植物的本質がある。
結局、人間の植物的本質に作用するのが、乳酸菌ではないだろうか。
つまり、やはり、乳酸菌も血液と同様に、MPに強く関係しそうである。
そう、血液を含めて、MP生命物という概念を立てられるかもしれない。
今はここで留める。
凸i陽
|
|
自
我
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−1地_____MP・霊______+1天
(重力) | (光)
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感
性
体
|
|
凹i陰
応用陰陽ガウス平面
(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等であり、太極・太一、そして、霊である。)
また、GP陰陽方程式がある。即ち、
凹i*凸i⇒±1
である。
凹iは陰を、凸iは陽を表わし、両者、虚軸にあり、±1は実軸にある。
*は陰陽極性力学を意味する。実際は乗法である。陰凹iが主導のときは+1,陽凸iが主導のときは、−1となる。
⇒は次元転換を意味する。氣エネルギーが現象エネルギーへと転換する事象を意味している。
躰を創る 11 (06/12)
「活きた凝り」には生命のもとである気が凝縮しており
気とは物理的な生物電磁気などの各種エネルギーであると同時に
生命情報としての心、意念、意識、愛の
この顕然秩序としての形而下学的な物理科学的要素と、
内臓秩序としての形而上学的な心理学的要素の、
エクスプリシットオーダーな明在系と
インプリシットオーダーな暗在系の、
二つながらの気フォースのありようが融合したまさに命そのものの姿が
「活きた凝り」には見られることが判明いたしました。
養生法の探求