回転(スピン)の問題:精神子(凹j☯凸j⇒)と氣子(凹i&#

回転(スピン)の問題:精神子(凹j☯凸j⇒)と氣子(凹i☯凸i⇒)の問題


テーマ:Neo-PS理論


精神子ないし氣子の回転(オイラーの公式に規定されたガウス平面における)は、連続的ではなく、不連続的、端的に言えば、(1/2)nπ回転ないし、(nπ+1/2π)回転ではないだろうか。簡単に言えば、90度回転ではないのかということである。
 オイラーの公式のsinθ±icosθは、理論的には当然存するものであるが、果たして、精神子(精神的双極子)と氣子(自然的双極子)において、それ以外の回転をもつのか疑問に思っている。
 確かに、理論的にa+biは考えられるのであるが。



参照:

* 【人間認識図】 クリーネの3値論理とNull + 真偽(意義、意味)の反転
* Adele – Rolling In The Deepを人間認識図の観点から詳細分析してみる。
* 【人間認識図】 実軸に波動関数の存在確率「密度」を導入するので、精神濃度と共に精神「密度」の概念も用いる。
* 波動関数の「存在確率の計算」の辺りのメソッドを真円人間認識図の実軸分析に応用してみる。


【人間認識図】 双極・楕円構造の人間認識図

【人間認識図】 双極・楕円構造の人間認識図

 実は、真円の人間認識図の提示と同時に、楕円形の双極系人間認識図も発案していたのであるが、楕円は真円と比較して格段に複雑になり、さらに、双極間の相互作用など、込み入った説明が不可避であり、その上、真円の人間認識図だけでも非常に難解な解明作業が必要であると判断して、紹介を保留してきた。

 今回、本日の日付で公開する。

d d posted by (C)天花一海

 双極作用による相互影響の結果、直観的には、陰陽図のような「光」と「闇」の分化・分領域化が起きると想定して、その図解も挿入した。真円の時のように、直線的な領域分化にならずに、曲線的な領域分化、media point line になるだろうという想定である。

但し、真円の人間認識図も、未だ、未解明な部分が多くあり、楕円双極になると、より高度な分析を必要とするので、今の所、真円の人間認識の解明に重点を置きたい。

 但し、必要に応じて楕円の研究も進める。本来、人間認識は双極構造であろうと思われる。

海舌
http://blog.kaisetsu.org/?eid=813449

* 【人間認識図】 双極・楕円構造の人間認識図

海舌 SeaTongue@Kaisetsu



参考:

スピン角運動量
出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』
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スピン角運動量(スピンかくうんどうりょう、spin angular momentum)は、電子 やクォーク などの素粒子 、およびそれらから構成されるハドロン原子核 や原子 などの複合粒子が持つ角運動量 で、量子力学 的な自由度の 1 つである。単にスピンと呼ばれることもある。スピン角運動量は、軌道角運動量 とともに、粒子の全角運動量に寄与する。

基本変数を「粒子の位置 と運動量 」とする量子論 ではスピンを記述することができないため、粒子が持つ「内部自由度(固有角運動量、内部角運動量とも呼ぶ)」としてスピンを基本変数に付け加える。この「位置と運動量とスピンなどの足りないもの」を基本変数とする量子論が「量子力学 」である。基本変数を「場 とその時間微分または共役運動量」に選ぶ量子論、つまり「場の量子論 」では電子は粒子ではなく「電子場」として記述され、電子場は電磁場の「偏光 」(電磁場の向きが右回りに回転するか左回りに回転するか)に似た属性を持つ。これがスピンであり、場の自転 のようなものなので、角運動量を伴う。その角運動量ベクトルで、スピンの向きと大きさを表す。このスピンの例でわかるように、古典的に場であったもの(電磁場 など)だけでなく、電子のような古典的には粒子とみなされてきた物理系であっても、場を基本変数にしたほうが良く、適用範囲も広いことが判っている。[1]

スピン角運動量演算子 [編集 ]

スピン角運動量は、3 つのエルミート演算子 sx, sy, sz で表される物理量である。これらの演算子の間には、軌道角運動量 と同様の交換関係 が成り立つ。

\left[ s_y , s_z \right] = s_y s_z - s_z s_y = i \hbar s_x

\left[ s_z , s_x \right] = s_z s_x - s_x s_z = i \hbar s_y

\left[ s_x , s_y \right] = s_x s_y - s_y s_x = i \hbar s_z

ここで、 \hbar = h / 2 \pi であり、h はプランク定数 である。ただし軌道角運動量 と異なり、空間座標とその共役運動量との外積 として表される必要はなく、したがってその大きさは \hbar = h / 2 \pi を単位として整数値のみでなく半整数値をもとりうる。

スピン角運動量の大きさの二乗を

s2 = sx2 + sy2 + sz2

と定義すると、これは各成分 sx, sy, sz のいずれとも交換する。一方各成分同士は交換しないので、s2 と各成分 sx, sy, sz のうちいずれか一つとを同時に対角化できる。多くの場合同時対角化する成分を sz とする。s2 の固有値 は s (s + 1) \hbar^2、sz の固有値は m_s \hbar (ms = - s, - (s - 1), ..., s - 1, s) となる。ms をスピン磁気量子数という。s は、0 以上の整数 または半整数 の値をとる。素粒子の場合、s は素粒子の種類ごとに定まった値をもつ。
スピン 1/2 [編集 ]

s = 1/2 の場合を考える。このとき、s2 の固有値は \frac{3}{4} \hbar^2 であり、sz の固有値は \frac{1}{2} \hbar, -\frac{1}{2} \hbar の 2 つが存在することとなる。従って対応する固有状態も 2 つであり、それぞれ上向きスピン、下向きスピンと言うことが多い。

スピン角運動量の各成分 (sx, sy, sz) はパウリ行列 (σ = (σx, σy, σz)) を使って以下のように表される。

s_x = {\hbar \over 2} \sigma_x = {\hbar \over 2} \begin{pmatrix} 0 && 1 \\ 1 && 0 \end{pmatrix}

s_y = {\hbar \over 2} \sigma_y = {\hbar \over 2} \begin{pmatrix} 0 && -i \\ i && 0 \end{pmatrix}

s_z = {\hbar \over 2} \sigma_z = {\hbar \over 2} \begin{pmatrix} 1 && 0 \\ 0 && -1 \end{pmatrix}

以上は、sz に関して対角となるようにしてある。
スピンと統計性 [編集 ]

s が半整数の値をもつような粒子はフェルミ粒子 であり、s が整数値をとる粒子はボース粒子 であることが知られている。s の値と統計性の間のこのような関係は、相対論 的な場の量子論 によって説明できる。
脚注 [編集 ]

1. ^ 清水明 『新版 量子論の基礎―その本質のやさしい理解のために―』 サイエンス社 、2004年。ISBN 4-7819-1062-9 。

関連項目 [編集 ]

* 角運動量
* 量子力学

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* 量子力学
* 量子数
* 回転








3D media pointの混融性:3D media point complex


テーマ:media point


今は一言言うだけだが、三次元のmedia point(3D media point)の意義は計り知れない。
 凸j*凹j⇒凸(+1)であるが、実は、3D media point(z軸とy軸とx軸が交差する原点)では、凸j*凹j⇒凸iというような混合的融合が生じていると思われるのである。
 また、易であるが、その2^6=64の卦であるが、それも、
3D media pointを考えると納得できるように思う。
 つまり、凸j*凸i*凸*凹j*凹i*凹が3D media pointで生じ、それぞれの要素は凸凹(±)の転換が可能であると考えられるのである。詳細は後で検討したい。
 また、英語では9という数字が一種の完全数であるが、それも、易の上部の3項と下部の3項の積であるように思える。
 今は直観的指摘(思いつき)のみである。





光とは何か:自然の光と精神の光と物質の光:三種類の光?


テーマ:Neo-PS理論


Neo-PS理論から、改めて、光とは何か検討する必要がある。
 自然の光は氣的差異共振エネルギーの発光現象のように思えるが、精神の光(マニ教の光)は、原初差異共振では、凹j☯凸j⇒凹(−1)の⇒と考えられる。
 しかし、新しい差異共振は凸j☯凹j⇒凹(−1)ということになる。つまり、凸jの支配の下、凹jが不連続化して、差異共振するということである。
 私がこれまで述べてきた超越光とはこの新しい差異共振光のことのように思える。
 しかしながら、それは、氣の光を帯びているのである。この氣の光と精神の光の融合が、新しい差異共振光には生じると思う。
 そう、正確に言うと、自然の光は微妙である。それは、氣の光でもある。しかしながら、凸jの同一性支配によって、それは、同一性化される。物質的光になると思われる。
 だから、三つの光があるように思われる。一つは自然の光、一つは精神の光(超越光)、一つは物質の光である。
 現象光という場合、自然の光と物質の光が混淆しているように思える。
 ところで、D. H. ロレンスのdark sunとdark Godであるが、これまで、ほぼ同一視していたが、前者は自然の光、氣の光であり、後者は精神の光ではないのだろうか。
 以上は問題提起であり、後で検討したい。