ケインズによる「魔術師」ニュートン像:古代バビロニアとトランス・

ケインズによる「魔術師」ニュートン像:古代バビロニアとトランス・モダンが共振する:星辰力学へ


テーマ:神話学・不思議学・フォークロアケルト


以下、Kaisetsu氏がケインズによるニュートンに関するスピーチ原稿を掲載されている。
 ケインズニュートンの「オカルティズム」ないしは錬金術の研究を行っていたことは知っていた。あまりに異色な取り合わせであり、また、近代科学史において、「オカルティズム」が一つの源流であったことも知っていたので、特に探求しようとは思わなかった。
 とまれ、以下はかなりの長文(名文である)なので、拾い読みしたが、ニュートンキリスト教三位一体を否定して、異端とされたアリウス派(父の神性を肯定して、子の神性を否定する神学)を肯定していた点が興味深い。
 とまれ、イギリス文化は基本的には二層構造なのである。表層は、近代合理主義(近代主義)ではあるが、深層は「神秘主義」がいわば蠢いているのである。前者がアングロ・サクソン的(父権的)、後者がケルト的(母権的)と言うことも可能だと私は考えている。あるいは、西欧的と東洋的である。
 PS理論は、ニュートンケインズの「魔術」ないしは古代バビロニア科学の視点をもトランス・モダン的知性から包摂することが可能である。
 余裕がないので、私事を述べると、これまで、ケプラーを除いて、ニュートンガリレオという近代科学の創始者が苦手であったが、ニュートンを見直すことになった。
 近代日本、とりわけ、戦後日本は、これらを似非科学として排除したり、また、単に近代合理主義の源流という評価しかしてこなかったと言えるが、トランス・モダン・エイジは、近代合理主義が否定したものに創造的な知の可能性を探求することになる。
 錬金術深層心理学者のユングが取り入れている(故にユング心理学は近代合理主義者から否定されている)。私は占星術のトランス・モダン化が必要だと強く感じている。今の占いではなく、星力学が必要である(これは、当然、ゾロアスター教とも関係する。魔術師Magusのマギは占星術師である)。
 PS理論から言うと、Media Pointに星力学の秘密が隠されている。以前、思考実験したが、まったく不十分である。先にプラトンの魂の三区分説を援用したが、それとも関係する。「魂」(Media Point Mode)の多元振動があり、それが、知意志/気情/身体の「遺伝子」のように思えるのである。そして、この「魂」の振動と太陽系や銀河系の振動とがいわばCosmic Media Pointを介して「リンク」している、即ち、共振・共鳴していると思えるのである。
 とまれ、残念であるが、ここで留める。

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参照原文:He(Newton) was the last of the magicians, the last of the Babylonians and Sumerians,..... by John Maynard Keynes
2009.07.18 Saturday
John Maynard Keynes: Newton, the Man



In the eighteenth century and since, Newton came to be thought of as the first and greatest of the modern age of scientists, a rationalist, one who taught us to think on the lines of cold and untinctured reason.
http://blog.kaisetsu.org/?eid=776214#sequel

参照:
脱理性,脱合理性の彼方にある知的世界とはどのようなものか,想像するだけでわくわくします。 by toramaru氏

トランス・モダン位階秩序と「Color Hierarchy(色階層)」
2009.07.18 Saturday
 Color Hierarchy
 Color Gradation
http://blog.kaisetsu.org/?eid=776205
『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu
参照:
アイザック・ニュートンのオカルト研究
出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』
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ニュートン。エノク・シーマンによる肖像画(1724)からの彩色版画

この項目ではアイザック・ニュートンのオカルト研究について解説する。ニュートン は著名なイギリスの科学者・数学者であったが、現在ではオカルト 研究に分類される著作を多く著しており、年代学・錬金術・聖書解釈(特に黙示録)について研究していた。

ニュートンは、彼個人としては科学研究の成果よりも古代の神秘的な英知の再発見に重きをおいていたという考えがある。このような文脈で、世界を機械的に考えることを「ニュートン的世界観」と表現するのは語弊があると言う者もいる。たとえば、1942年にニュートン錬金術研究書を購入し、検討した経済学者のケインズ は、「ニュートンは理性の時代 (age of reason)の最初の人ではなく、最後の魔術師 だ」と発言した。

しかしながら、ニュートンが生きていた前近代では、インテリ層が持っていた世界観は、後世のそれと異なっていたことは記しておかねばなるまい。科学 ・迷信 ・疑似科学 など、今日当たり前だと思われている区別はまだ混沌としており、厳格なキリスト教聖書の世界観は依然西洋文化に浸透していたのである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3%E3%81%AE%E3%82%AA%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88%E7%A0%94%E7%A9%B6

参考:
マギ
出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』
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マギ(ラテン語 複数形 magi)は、本来、メディア王国 で宗教儀礼をつかさどっていたペルシア 系祭司階級の呼称。

単数形はマグス (magus)。アヴェスター語 形マグ(magu, maγu)に由来し、ギリシャ語 形の単数マゴス (μάγος)、複数マゴイ (μάγοι) を経由しラテン語化した。英語では単数メイガス (magus)、複数メイジャイ (magi)、形容詞メイジャン (magian)。普通名詞 なので小文字 始まりだが、東方三博士 の意味では固有名詞 あつかいで大文字 始まりである。

本来のマギと意味の変遷 [編集 ]

ヘロドトス の『歴史 』には、「マギには、死体を鳥や犬に食いちぎらせたり、 アリや蛇をはじめその他の爬虫類などを無差別に殺す特異な習慣があった」と記されている。これらの習慣はアヴェスター に記された宗教法と一致しており、彼らはゾロアスター教 と同系の信仰を持っていたと考えられる。

アケメネス朝 ペルシア史上では、王位簒奪者のマギであったガウマータを、ダレイオス1世 が倒して王位に就いたとされている。

一方、キリスト教 世界では新約聖書福音書 の『マタイによる福音書 』にあらわれる東方(ギリシア語でanatole。当時はペルシャのみならずエジプト北部などその範囲は広い)の三博士を指して言う場合が多い。三人の王とも訳される。直訳すれば星見すなわち占星術 師であるが、マタイ福音書の文脈では、天文学者 と推測される。

やがて、マギという言葉は 人知を超える知恵や力を持つ存在を指す言葉となり、英語 のmagicなどの語源となった。これはマギが行った奇跡 や魔術 が、現代的な意味での奇術、手品に相当するものだったと推定されるからである。また磁石 を意味するマグネットmagnet, マグネシウムmagnesium の語源も、マギが奇跡のために使用したことに由来する、という説がある。

サーサーン朝 時代では、中期ペルシア語(パフラヴィー語 )でゾロアスター教の神官であるマギのことを「マグ」ないし「モウ」 mgwy/mag,mow と呼んでいた。特にオーフルマズド神(アフラ・マズダー )やアナーヒード女神(アナーヒター )などの神々に捧げられた拝火 神殿を管理するような高位の神官は「モウバド」(mgwpt/mowbad, mōbad)と呼ばれ、モウバドの管理のもと多くのマグたちが神殿の運営や儀式を執り行っていたようである。サーサーン朝の始祖アルダシール1世 の祖父である名祖サーサーンはイラン南西部ファールス 地方の都市イスタフル のアナーヒード 神殿の管理職であったこともあり、同王朝は創建初期からゾロアスター教団とも密接な関係にあったが、第2代君主シャープール1世 から第7代君主ナルセ1世 の時代にかけて活躍した神官カルティール は、最高位の神官であるモウバダーン・モウバド(Mowbadān-Mowbad 「モウバドたちの中のモウバド」の意味)を名乗って王朝全土の諸神殿を統括し、キリスト教ユダヤ教マニ教 、仏教 など外来諸宗教の勢力を弾圧し、国家宗教としてゾロアスター教団の威信を拡大させるなど、サーサーン朝の宗教政策を主導したことで知られている。

タバリー などのアラビア語 ・近世ペルシア語 の年代記や地誌などの諸文献では、ゾロアスター教神官・聖職者である「マギ」や広くゾロアスター教徒一般を指してマジュース مجوس majūs と呼ばれている。
福音書が伝える三博士の礼拝 [編集 ]

「東方三博士 」を参照

『マタイによる福音書』(2:1-12)によれば、イエス が生まれた時、東方にてマギ(博士たち)が大きな星を見、その星に導かれてエルサレム まで赴き、新しい王が誕生したのはどこかとヘロデ大王 に尋ねる。ヘロデは動揺しながらも側近に尋ね、側近は聖書の記述からそれはベツレヘムであると博士たちに教えた。博士たちはさっそくその場を発つと、星にしたがってイエスのいる場所につくことができた。幼子の前にたどり着くと、彼らはひれ伏し、黄金 、乳香 、没薬 を贈り物として捧げた。ヘロデは新しい王など生まれては困るので、博士たちに場所を教えるよう命じていたが、博士たちは夢のお告げでヘロデに会わないよう命じられたため、ヘロデを避けて別の道から故郷に戻った。そのためイエスはヘロデに殺害される事を免れた。しかし、ヘロデによってベツレヘムの2歳児以下の男子全て虐殺(幼児虐殺 )され、イエスは両親とともにエジプト へ逃れた。

※博士たちを導いた星は木星 である事は判明。[要出典 ]

ルカによる福音書 』に描かれたイエスの誕生場面ではこの三博士は登場せず、代わりに飼い葉桶に寝ていた幼子イエスに羊飼い達が訪れる場面がある。西洋美術やクリスマスに飾られる馬小屋の飾りでは、博士と羊飼いが一緒に描かれているものも多い。

前掲の福音書には記述がないが、博士たちの人数は贈り物の数から伝統的に3人とされている。彼らの名前として西洋では7世紀 から次のような名が当てられている。それはメルキオール(Melchior, 黄金(王権の象徴)、青年の姿の賢者)、バルタザール(Balthasar, 乳香(神性の象徴)、壮年の姿の賢者)、カスパール(Casper, 没薬(将来の受難である死の象徴)、老人の姿の賢者)である。いずれもペルシア人の名でなく、何らかの意味も確認できない。シリア の教会では、ラルヴァンダド(Larvandad),ホルミスダス(Hormisdas), グシュナサファ(Gushnasaph)という別の名が当てられているが、こちらはペルシア語の人名として意味をなしている。アルメニア教会 では、カグバ(Kagba), バダディルマ(Badadilma) 等の名前を当てている。

なお、インド の一部の伝統では、ある人物が光明 を得るためには、三人の他の光明を得た人物によって、その人物の将来の光明が予言される必要があるという言い伝えもある。

関連項目 [編集 ]

* キリストの降誕
* クリスマス
* 東方の三博士
* 賢者

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カテゴリ : 出典を必要とする記事 | 聖職者 | 古代ペルシア | 福音書

Magi
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For other uses, see Magi (disambiguation) .
Conventional post-12th century depiction of the Biblical magi (Adoração dos Magos by Vicente Gil). Balthasar , the youngest magian, bears frankincense and represents Africa. To the left stands Caspar , middle-aged, bearing gold and representing Asia. On his knees is Melchior , oldest, bearing myrrh and representing Europe.

Magi (Latin plural of magus, ancient Greek magos, English singular 'magian', 'mage', 'magus', 'magusian', 'magusaean') is a term, used since at least the 4th century BCE, to denote a follower of Zoroaster , or rather, a follower of what the Hellenistic world associated Zoroaster with, which was – in the main – the ability to read the stars, and manipulate the fate that the stars foretold. The meaning prior to Hellenistic period is uncertain.

Pervasive throughout the Eastern Mediterranean and Western Asia until late antiquity and beyond, Greek mágos "magian" was influenced by (and eventually displaced) Greek goēs, the older word for a practitioner of magic, to include astrology, alchemy and other forms of esoteric knowledge. This association was in turn the product of the Hellenistic fascination for (Pseudo-)Zoroaster , who was perceived by the Greeks to be the "Chaldean " "founder" of the Magi and "inventor" of both astrology and magic. Among the skeptical thinkers of the period, the term 'magian' acquired a negative connotation and was associated with tricksters and conjurers. This pejorative meaning survives in the words "magic " and "magician ".

In English, the term "magi" is most commonly used in reference to the Gospel of Matthew 's "wise men from the East", or "three wise men" (though that number does not actually appear in Matthew's account, and various sources placed the number anywhere between two and twelve). The plural "magi" entered the English language around 1200, in reference to the Biblical magi of Matthew 2:1 . The singular appears considerably later, in the late 14th century, when it was borrowed from Old French in the meaning magician together with magic.

http://en.wikipedia.org/wiki/Magi

西洋占星術
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人体と十二宮の照応関係を示した図(ベリー公のいとも豪華なる時祷書 より)

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ケプラーヴァレンシュタイン のために作成したホロスコープ。当時のホロスコープはまだ正方形であった。

ルネサンス期の占星術にとって特に重要だったのは、コペルニクス の『天球の回転について』(1543年)である。これによって、プトレマイオス的な地球中心説 とともに、伝統的な占星術における太陽や月を含む「惑星」概念が否定された。同時に、宇宙が地球を中心とする狭い同心円でなく、大きな広がりを持っていたことが認識され、そのように離れた星々が、どれほどの影響を行使しうるのかという問題も発生した[23] 。

17世紀に入ると、天文学者でもあったヨハネス・ケプラー が、この問題に取り組んだ。ケプラーは『へびつかい座 の新星』では、「賢いけれども貧しい母」(天文学)と「その生活費を稼ぐ愚かな娘」(占星術)の対比によって、占星術があくまでも日々の糧を稼ぐための道具であると述べていたが[24] 、『占星術の確実な基礎について』(1602年)、『第三に介入するもの』(1610年)、『世界の調和』(1619年)などでは、新たな占星術理論の構築を試みている[25] 。しかし、太陽中心説 を軸とする刷新はうまくいかず、当時はむしろジャン=バチスト・モラン の『ガリアの占星術』(1661年)のように、プトレマイオス的世界観を墨守することを表明するものもあった。他方で、ケプラー占星術を数学的に純化しようとしたことをはじめ、様々な改革を試みており、アスペクトなどでは重要な貢献を行っている。ケプラー以前のアスペクトは、第1にサインとサインの関係であったが[26] 、ケプラーは星と星の間の角度として再定義し、この新たなアスペクト概念は多くの占星術師に受け入れられ、現代に到っている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%B4%8B%E5%8D%A0%E6%98%9F%E8%A1%93

[Public Domain Image]
Harmonies of the World
by Johannes Kepler
tr. by Charles Glenn Wallis
[1939]
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http://www.sacred-texts.com/astro/how/index.htm

Johannes Kepler
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http://en.wikipedia.org/wiki/Johannes_Kepler