米国中間選挙結果と今後の内外政治経済金融情勢

11月7日に実施された米国中間選挙では、民主党が地すべり的勝利を得た。ブッシュ大統領は2008年までの残り2年の任期の政権運営において、「大いなる試練」に直面することになる。日本では11月12日に福島県知事選、11月19日沖縄県知事選が実施される。とりわけ注目されるのが、11月19日の沖縄県知事選である。沖縄県知事選で与党が敗北を喫すると、政治潮流の転換が日米同時進行する契機にもなりかねない。
 同時に注意すべきは、日米の景気動向に明らかな危険信号が灯り始めていることである。とりわけ、より強い警戒が必要であるのは日本経済である。私は9月5 日までの『金利・為替・株価特報』において、10月までの株価上昇、その後の調整を経た後の2007年1〜3月期までの株価再上昇の予測を記述した。
  しかし、日本の財政運営の係数をその後に再チェックした結果、財政の超緊縮運営による2007年の日本経済悪化リスクを発見し、10月1日付 、10月4日付 、および、10月29日 執筆の本コラムで警告を発すると共に、10月下旬以降の日本株価下落リスクを指摘してきた。

 この見通し修正は9月20日発行の『金利・為替・株価特報』 に掲載予定であったが、それが不能になったため、10月1日以降、本コラムにおいて繰り返し記述している。日本経済はいま非常に重要な要警戒局面に直面している。
 私は、1994年後半、1996年、2000年・2001年のマクロ経済政策に強い警告を発したが、結局、私の警告は聞き入れられなかった。94年後半は日銀の利上げ推進姿勢に反対した。96年は行き過ぎた増税に反対した。2000年・2001年は森政権、小泉政権の行き過ぎた緊縮財政運営に反対した。いずれも積極財政を主張したのではない。性急すぎる緊縮財政は景気悪化、金融不安を生み出すだけでなく、税収減少による財政悪化をもたらしてしまうと主張した。
  結局、三度とも株価は急落し、景気悪化、金融不安、財政悪化などがもたらされてしまった(95年は地震サリン事件などの特殊要因も加わった)。
 現在の状況には強い類似点が存在している。安倍政権がこの点を認識して、年末に向けての2007年度予算編成に際して、政策の軌道修正を示すことが必要である。政策の軌道修正が無い場合、2007年に向けての株価下落、景気悪化リスクはかなり高いものになる。当然、2007年7月の参議院議員選挙にも強く影響することになる。

 米国中間選挙では、民主党が地すべり的勝利を収め、1994年以来12年ぶりに上・下両院で民主党過半数を掌握した。また同時に実施された知事選挙(36州)の結果、知事数も民主党(28州)が共和党(22州)を上回ることになった。
  当然のことながら、大きな変化が生じることになる。とりわけ、上院で民主党過半数を獲得した意味は大きい。閣僚、最高裁判事は上院に承認権がある。また大統領の弾劾は下院が訴追し上院が審判する。国連大使ボルトン氏の承認も難航が予想される。

 当面、最大の影響を受けるのはイラク政策である。ラムズフェルド国防長官が更迭されたが、イラクからの米軍早期撤退が検討されることになる。現在議会が諮問している超党派イラク研究グループが12月にどのような提言をするのかが注目される。
  また米国内には、2001年9月11日の同時多発テロの真相を究明しようとする動きも存在しており、今後の動向から目を離せない。

 第二の論点としては、2008年の大統領選挙への影響である。今回の選挙結果を受けて、下院ではナンシー・ペロシ女史が史上初めての女性の下院議長に就任する。2008年の大統領選では民主党が優位に立ったと見るのが一般的見解であるが、専門家の間では見方が割れている。
  今回NY州で上院議員に再選されたヒラリー・クリントン女史が初の女性大統領候補となるかが注目されている。まだ多くの曲折が予想されるが、ヒラリー女史が大統領に就任する可能性は決して低くないと考える。
 第三の論点は、経済への影響だが、政治からの影響は当面、限定的と考えられる。最大の注目点は住宅価格動向で、住宅価格下落が拡大する場合は、個人消費の減速が加速し、米国経済が緩やかなリセッション(グロース・リセッション)に陥るリスクが高まる。NYダウも1万ドル方向に反落するリスクを伴う。

 日本経済における最大の懸念要因は2006年度の一般会計(国家財政)運営が2001年度当初予算並みの「超緊縮」になっていることである。経済指標を見ると、幾つもの注意信号が灯り始めている。
  11月10日発表の本年7−9月期の機械受注統計では、前記比−11.1%と、87年4月以来最大の減少が示された。11月8日発表の9月の景気動向指数では先行指数が「20」と3か月連続の「50以下」を示した。11月9日発表の街角ウオッチャ
ー調査も3か月ぶりに0.2ポイント低下した。また10月31日発表の9月の家計消費支出では、全世帯実質で前年比6.0%減少と、2001年12月以来4年9か月ぶりの大幅減少が示された。

 10月の新車登録台数は前年比6.2%の減少を示した。日経平均株価は本コラムで警告を発してきたように、10月下旬をピーク(10月26日 16,811円)に下落に転じた。株式市場の動向を見ると、とりわけ小売業の下落が目立ち始めている。
 本コラムを執筆しているのは、11月12日だが、14日(火)には、本年7−9月期のGDP統計が発表される。景気の頭打ち感が明確に表面化することも考えられる。日経平均株価が本年6月13日の14,218円を下回れば、チャート上は典型的な三尊天井形成となり、下落トレンドへの転換の可能性がより高まることになる。現段階では、まだ黄信号の状況であるが、株式投資家は十分な警戒を払わなければならない。

 景気悪化を促す最大の要因は、緊縮の度合いを強めすぎている財政政策運営である。下記の表に示したように、2006年度の財政運営は、財政赤字を実質的に前年比で6.0兆円減少させる形になっている。

一般会計財政赤字(C)の推移
(兆円) 年度 歳出(A) 税収(B) (A)-(B)=(C) (C)の前年差
1996 78.8 52.1 26.8 +2.8
97 78.5 53.9 24.5 -2.3
98 84.4 49.4 35.0 +10.4
99 89.0 47.2 41.8 +6.8
2000 89.3 50.7 38.6 -3.2
01(当) 82.7 50.7 31.9 -6.9
01 84.8 47.9 36.9 -1.7
02 83.7 43.8 39.8 +3.0
03 82.4 43.3 39.1 -0.7
04 84.9 45.6 39.3 +0.2
05 85.2 49.1 36.5 -2.9
06(予) 79.7 49.2 30.5 -6.0

(注1)実績ベース。ただし(当)は当初。(予)は見込み。
(注2)ここでは、会計操作の影響を除去するために、(歳出)−(税収)を財政赤字と見なしている。
(注3)2006年度の緊縮度=財政赤字減少額は、前回10月29日執筆のコラムよりも縮小しているが、それは制度変更に伴う税収減少額1兆5120億円の影響(地方への税源移譲等)を除去したためである。

 97年度および200・2001年度に政府は緊縮財政を強めすぎて結局失敗した。経済悪化−株価下落−税収減少をもたらしてしまったのである。2005年度に財政赤字が減少した最大の要因は、景気回復によって税収が増加したことである。

 当面、最も重要な政策課題は経済の改善基調を維持することである。景気改善といわれているが、良くなっているのは、大企業の収益ばかりである。景気改善も企業の設備投資だけが牽引役である。景気が悪化に転じるリスクを有する局面での超緊縮財政が経済状況を急変させる禁忌の施策なのだ。
 経済改善は個人消費主導のパターンに移行しなければ持続力を持ちえない。正規雇用が減少し非正規雇用が大幅に増大してきた。フルタイムで働いても生活保護で保証される所得水準を下回る、いわゆる「ワーキング・プア」も増加している。とりわけ、若年層で問題が深刻化している。

 こうした「格差」拡大の状況下で、いま必要な施策は、詳論はできないが「中低所得者層を対象にした所得減税」と「就業機会獲得を支援する施策」および「同一労働・同一賃金制度への移行促進」である。政府は2007年に「所得税増税法人税減税」を実施する方針を示しているが、これは方向が逆である。
  安倍政権には、現実を正しく認識し、政策路線を直ちに修正することが求められている。政策修正が実現しない場合には、米国経済、金融情勢に強く依存はするものの、日本経済の先行きにかなりの警戒が必要になってくる。

 タウン・ミーティングでの「やらせ」問題、高等学校での履修漏れ問題、安倍政権の経済政策立案の構造太字 等の問題については、講談社サイト「直言」 に執筆したいと考えているので、こちらも参照いただければ幸甚である。

 障害者自立支援法、難病に対する公的助成縮小、医療リハビリの日数制限、高齢者医療費の自己負担増など、弱者を痛めつける政策ばかりが先行している。10 年来主張してきたように「天下り」制度廃止が先行されるべきである。豊かな社会を構築するために最重要の施策は、「弱者に対する必要十分な施策整備」ではないか。「格差」の問題、「希望」の問題を考えれば、公教育に財政資源を十分に投入すべきだが、事態は逆の方向に進行している。
  米国の中間選挙を契機に、こうした問題についても、一度立ち止まって考察を深める機運が生じることを期待する。当面の施策としては「特別減税の復活」を検討すべきである。

2006年11月12日執筆
スリーネーションズリサーチ株式会社
植草 一秀

http://www.uekusa-tri.co.jp/column/index.html