「光」とコスモスの薔薇:メディア界とイデア界

以下は、半田さんのコメントです。とても意義深い内容のように思えますので、私なりに、ここで、コメントしたいと思います。
http://ameblo.jp/renshi/entry-10009910869.html#c10016150601
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「■喪から受精へ

Osirisの語源はOs-irisで、その意は無数の目と言う説があります。これは他者性の隠喩と考えていものなのかもしれません。Isis=自己性には自身のiris=目は見ることはできない。ここでIsisは亡き夫Osirisの亡霊に誘惑されて、自らも偽物の目を持つことになるが、同時に、見えざる目としての光=phenomenonも持つ。偽物の目は闇を彷徨い、真の目は光を捉えて離さない。現象界をまさぐる仄暗き根茎の生と、メディア界に黄金螺旋的成長を遂げて行く光合成の生。Isisはこのような分裂を持って、無き夫オシリスの喪に服し、その亡骸を拾い集めているのでしょうね。「死んだ男」はその意味でいえば、地中深くからやってくる(イエスが生まれた厩は当時、地下にあったという説もあります)。現象界とは大地の内部に散種されたロゴス=スペルマが作り出した幻影世界であり、このスペルマを携えて、死んだ男は土中から光に満ちた大地に復活する。そのとき、イシスはオシリスの亡霊から解放され、このスペルマを自らの胎内に受精する。不連続的差異の直立とはこうした受胎によるイシスの卵割でもありますね。
半田広宣 (2006-03-09 16:05:22)」
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イシスが二重の眼・視覚をもっているというは、その通りです。また、二重の光があり、現象界の「光」ともう一つの「光」です。そして、確かにイシスは、後者に見入っています。私が常々疑問に思っているのは、後者の「光」をどう捉えるのかということです。これをメディア界の「光」としていいのか、それともイデア界の「光」とすべきなのかです。
 私の粗筋に、大事なエピソードを入れるのは忘失しています。それは、「死んだ男」が、イシスの巫女と交わった後、夜明け、海辺で、「神秘」的体験をして、コスモス(宇宙)の薔薇を幻視する場面があります。ここが圧巻なのですが、このコスモスの薔薇の解釈も、「光」の問題と関係すると思っています。「光」やコスモスをメディア界とすると確かに明快になりますが、私としては、それらがイデア界的なものであるとする解釈が捨て切れません。単独者である「死んだ男」が幻視したコスモスの薔薇とは、特異性において現出するものです。それは、イデア界的ヴィジョンではないかという気がします。先にモーツァルトの音楽で触れたように、イデア界における1/4回転によって出現したコスモスではないだろうかという思いがあります。即ち、イデア界の差異1/差異2/・・・/差異nから、1/4回転して、差異1☯差異2☯・・・☯差異nとなった様相です。これは、確かに、メディア界ですが、正しく言えば、イデア界 →メディア界の様相です。イデア/メディア境界の出来事・事象とは言えますが、それだと、イデア界からメディア界へと転化したという意味合いがなくなるように思われます。
 それとも、逆に、メディア界→イデア界としてのコスモスの薔薇あるいは、イシスの真の眼の「光」なのかもしれません。方向としては、この方が正しいと思います。マイナスのエネルギーにおいて、それは、単にメディア界ではなくて、イデア界を志向していると考えられるのではないと思われます。
 後でもう少し考えてみます。

p.s. 「大地の内部に散種されたロゴス=スペルマ」について言及しなかったので、少し触れてみます。半田氏は、現象界は、これが作り出した幻影であると述べています。これはどういうことなのでしょうか。「ロゴス=スペルマ」とは、イデアのことではないかと思われます。確かに、イデアは現象界という幻影を作るでしょう。しかし、この受精・受胎によるイシスの卵割が、不連続的差異の直立であると半田氏は述べています。私は、イシスの受精・受胎については、考えたことはありませんでしたが、確かに、これは、一つのポイントです。重要なポイントでしょう。つまり、不連続的差異の共立の本質に関わるでしょう。この場合、受胎は、ホルスを懐胎するのではなくて、オシリスを懐胎するのではないでしょうか。「光」の受胎のように思えます。これはまったく私見ですが、いわば、イシスはアマテラスのようになるのだと思います。「光」の本源としてのアマテラス、即ち、イデア界になるということだと思います。そうすると、半田氏が述べたように、不連続的差異の直立(ないし共立・並立)ということになります。このアマテラスとしてのイシスとは、ハトホルではないかと想像します。