氣と電磁波:即非氣(即非子)と物質:放射能と光合成細菌

氣と電磁波:即非氣(即非子)と物質:放射能光合成細菌


テーマ:manichaeism


本問題は何度も既述したが、まだ不明な点があるので、考察を行ないたい。
 何故、不明かというと、両者は同一ではないかという視点がかなり起るからである。確かに、精神と電磁波を一致させると実に明快明晰になるのであるが、私は留保して両者を区別する路線をとっているのである。
 先にはMP1(IMP)に氣を、MP2(RMP) に電磁気を置いた。
 今思いついたのは即非子ないし即非氣である。即非子は以前使用した言葉である。しかし、今の直観イメージでは、精神(氣)と電磁気の即非体としての即非子(即非氣)である。当然ながら、精神(氣)と電磁気は不連続であるが、しかし、一である。すなわち、精神(氣)=電磁気であるが、且つ精神(氣)≠電磁気である。これは、
精神(氣)⇒電磁気とも表記できよう。
 この即非氣(即非子)の体(身体)の概念を使用すると、これまで曖昧さが明確になるだろう。
 氣を観測すると、電磁波は検出されるというのはこの図式を証明しているだろう。そして、自然、宇宙、人間はこの即非氣で構成されていると考えられる。
 では、問題はこの即非氣と物質の関係である。しかしながら、これはほとんど考える余地はない。PS理論は明快に凸(+1)として物質を規定しているからである。
 つまり、即非氣は凸i*凹i⇒であり、物質は凸(+1)である。これは実に明確明晰であり、疑問の余地はない。
 では、量子力学をどう見るべきか。
 既述したように量子力学は物質主義のフレームがまだついているのが問題点と考えられるのだ。つまり、PS理論で言えば、即非氣と物質を一体化させているのが、量子力学である。それは誤謬と言えよう。
 即非氣と物質を絶対的に分離すれば、量子力学は精神的物理学として生まれ変わるだろう。
 これでこれまでの私の論考が証明されたと言えよう。
 では、放射能問題を考えると、放射能即非氣における電磁気極(MP2, RMP)の事象と言えよう。では、放射能は氣があるのだろうか?
 思うに、何らかの氣があるが、即非氣の電磁気極の事象の力学に集中しているのであり、即非氣全体は変化していないように思われるのである。
 そう、飯山一郎氏、他が言われるように、光合成細菌が放射性物質を消化するというが、この場合、光合成細菌は放射能と関係する即非氣をもっていると推測されるのである。
 初めに、即非氣ありきである。


参照:


光合成細菌』で放射能浄化!
http://grnba.secret.jp/iiyama/hikari.html
飯山一郎のHP


EM技術による放射能被曝対策
http://dndi.jp/19-higa/higa_40.php
名桜大学教授
国際EM技術研究所所長
琉球大学名誉教授
比嘉照夫
(ひが てるお)