夢:続き

夢:続き


テーマ:神話学・不思議学・フォークロアケルト


今朝の夢は、かなり展開があったので、憶えているかぎり、書き留めておきたい。なお、かなり取り留めがない夢なので、箇条書きにする。時間進行を逆にした方が、書きやいのでそうしたい。
_______________________________

1)最後は、なにか列車に乗っているが、やはり、なにか宙に浮かんでいるように進む。滑るように進む。車窓には、澄明な山の景色が広がる。澄みきって、とても、美しい。正に、ヴィジョンのような山であり、神々しい。私は、それをカメラで撮ろうとするが、回りにいるファッション関係の女性がいるので、躊躇されて撮らない。 

そのファッション関係の女性も、これを美しい光景と言っている。

それまで、なにか靄か霧で、不鮮明であったような印象であるが、ほんとうに近い景色(森や建物?)や遠景(山々)もくっきりと異常に鮮明に見えるのである。

2)先のとがったミサイルのようなジェット機の最前席に座っている。発射が近い。正面の画面にアメリカから日本への航路が現われる。なにか、半分を越えて、日本に近づく。
 その後、それは、列車になっている。それは、特別車両であり、なにか特権的なもののようである。車内の人も、いくぶん上品そうである。 
 その他のことがあったが忘れている。

次の箇所以降の順序は怪しい。

3)マンションの鍵番号を間違えて、電話になってしまう。そう。長い間に不在だったので、番号を忘れたということであった。
電話の女性は、共同の部屋のアルバイトである。

それは、学校であった。最初、三人の見覚えのあるファッション関係の女生徒(三人であると思うが)に教えている。二人の顔はわかるがもう一人がわからない。それとも、いなかったのか。

次の時限となり、多くの受講者が来たので安心した(p.s. その中には、先に私の同僚がいるが、彼には、メールで言いたかったことを伝えた人物である。)英語のテキストであるが、これは、外国の厚めの英文法のテキストである。しかし、本来は、ファンタジーの授業であった。
 
プリントを捜すが出てこない。もどかしいところである。階段を降りて共同の部屋に取りに行く。見つからない。

4)弟がいる。デジタル・ビデオに先の光景がある。これは、山岳の景色ではなくて、それ以前の山旅のものだろうか。ここらは、判然としなくなっている。  
 弟は、わたしのことを「君」と呼ぶが、それが気に入らないので、文句をいう。弟は、レポートの紙を見せて、調べ直すように言われた箇所のアドバイスを私に求める。その内容は、なにか、神秘的なことだったようだが、判然としない。

5)エロティックな夢である。二人の男女が愛しあっている。韓国人の俳優のようであるが、女性は、コン・リーに似ている。女優は性器を男優に突き上げて、男優はそれを舐める。

______________________________

当然、忘れた箇所や書き忘れた部分がある。
一つ言っておくと、数日前見た夢は、短い夢で、知りあいの男性がチェロの演奏をするものであった。当然、これは、バッハの無伴奏チェロ組曲を演奏するのだと思った。


ということで、一連の夢という視点で、推察すると、やはり、これは、超越界と関係している。ファッション関係の女性は、女神と関係するだろう。それは、高いところにあるのである。だから、ジェット機が出てきたりするのである。

私の解釈は、私は、超越界の秘儀を見てきたのである。それが、エロティックな夢の意味だろう。プラトンの言う、天上のエロースである。そして、現象界へと私は帰還するのであり、それが、ジェット機や列車のイメージとなったのだろう。車窓の桃源郷のような澄明な山岳や山野の光景は、超越界ないし弥山(須弥山)のことであろう。

須弥山は、原語では、妙高ということであるが、確かに、優美な、神々しい、馬の鞍のような、白雪を抱いたような山容は、妙高という印象がある。

それをカメラで撮れないというのは、超越界だから、本来、不可視の世界だからではないか。私が画家ならば、描くところであるが。

そう、なにか、遠くはるかに浮かび上がる姿はヒマラヤのようでもある。

以下にある須弥山関係でいうと、エロティックな夢は、シヴァリンガと関係しそうである。確かに、女優の性器が突き上げられていて、男優の顔の正面に向けられていた。この女性性器が突き上げられているというのが、シヴァリンガ的である。

ヨガ関係になるので、やはり、超越界であろう。

諸宗教・諸神話・諸民俗等は、普遍的な超越界を事象をそれぞれの特徴をもって表象伝承していると思う。

しかしながら、素朴な疑問として、シンボリズムの中心として、何故、須弥山、山なのか。北欧神話では、世界樹があるが。

単純に考えて、天と地との接点だからであろう。そう、メディア・ポイントしての山、須弥山であろう。世界樹もメディア・ポイントを表象しているのだろう。

ところで、須弥山(弥山)であるが、梵語ではスメール、玄奘三蔵法師は妙高山と訳されたという。どうもシュメールと関係させたくなる。いろいろ説があるようだ。

タミル語では、スメルは、メル山の頂上ということだ。天皇をスメラミコトを言うのも不思議である。

私の直感では、スメラは、山の頂上のかかる太陽である。宮沢賢治が描いたような山にかかる日輪の絵を想起する。あるいは、イシスのシンボルである♀(金星)であるし、アンクの像である。

これが、スメルなのではないのか。そうすると、これは、女神である。

また、メソポタミア神話のアヌは神々の王であり、アンは、太陽の頂き、天を意味するという。

最後に、ひとこと言うと、スメルに関して、女神と太陽神の関係が大根源的にあると思う。これは、ゾロアスター教とも関係する。結局、母権的神話と父権的神話との接点の問題だと思われるのである。しかし、これらは、一体ではないだろうか。例えば、イシスの裏返しがオシリスではないだろうか。「母」の裏返しが「父」ではないだろうか。ヤハウェは、「母」の裏返しではないか。

別稿で続けたい。

p.s. 男女一体とは、結局、i*(-i)⇒+1ではないだろうか。つまり、エロティックな夢、エロースの表現とは、超越界の即非事象を意味しているのではないだろうか。チベット仏教曼荼羅もそれを意味しているのではないだろうか。思うに、超越的即非様相を表現したいのであるが、それが、男女一体と連続的に表現されてしまうのではないだろうか。太極の方が、ほぼ即非の表現である。そう、エロティックな即非表現を行ったは、『死んだ男』におけるD.H.ロレンスである。 
 ユングが説く個の実現としての両性具有も、本来は、即非性でなくてはならないはずであるが、それが、連続化されて、明確に表現されていないと思うのである。ユング/ヘッセの善悪両義神としてのアブラクサスであるが、これも同様である。

_______________________________

参考1:

須 弥 山 しゅみせん

須弥山図解の絵 ここを click
 トップページ > やさしい仏教入門 > 宇宙

お釈迦さまの教えの中には、宇宙に関するいくつかの考え方があります。その代表的なものが上図のようになります。正確な図は
http://www.tctv.ne.jp/members/tobifudo/newmon/betusekai/uchu.html



参考2:

しゅみせん
須弥山
(別名・・・聖地カイラス山) 須 弥山(別名:聖地カイラス山)。
この山は東経81・20度の位置にあり、ヒマラヤ山系の西半を構成する、標高6714メートルの大雪山である。
チベット仏教の大聖地としても名高く、須弥山詣では、全教徒の念願として今もなお、伝えられている。
 また、須弥山の北側には一頭の獅子(の岩の彫刻)があり、その口から四方に水を噴出している。
この水が一本の川となりインダスの源流となっている。
そしてこの源流をつたって流れゆくのが、全長2900キロにも及び、今なお、数億の人々を
養い続ける大河インダス(俗に言うインダス川)である。 こ のインダス川の上流に小高い丘があるのだが、
ここには570年の歴史を持つ無数の僧院が現存している(図1)。
その中でも『天空の僧院』と呼ばれる「ティクセ・ゴンパ」には
高さ15メートルもの弥勒菩薩の像 釈尊最後の弟子と言われた
弥勒菩薩の像(図2)が
安置されており、今も仏教文化
最も純粋な形で残されている。

図2:高さ15メートルの
   弥勒菩薩の像
http://www.jatamana.or.jp/sousai/m_syumi.html


参考3:
須弥山
出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索
















須弥山(しゅみせん、本来の名称は須彌山、サンスクリット Sumeru、スメール山)

1. 須弥とは漢字 による音訳で意訳は妙高といい、古代インド(バラモン教 、仏教 )の世界観の中で中心にそびえる山 を指す。これをとりまいて七つの金山 と鉄囲山 (てっちさん)があり、その間に八つの海 がある。これを九山八海という。
2. 1の形を模した日本庭園 の石組。
3. カイラス山 のこと。



参考4:
ヒンドゥの謎

2006年01月31日(火)
ヒンドゥというか、ずばり言っちゃうとシヴァリンガの謎です。
実はずっと疑問に思っていたことなのですが
突如、判明!
嬉しくってエントリーダンス

私がおととしインドに初めて行ったとき、
何も下調べしないまま行ってしまったので
寺院でガイドさんに説明を受けて、
初めてその存在を知りました。

linga.jpg


あぁ〜ん、頬を赤らめてしまいますチュー
リンガというのは男性の象徴、つまりシヴァのリンガ、という意味です。

そんなリンガは必ずヨーニという女性の象徴を模った台座の上に祀ってあります。
エッチですラブラブ
でも、私はなぜヨーニの上にリンガ??
どんなシチュエーションやねん??
と素朴に謎に思っていました。
(でも恥ずかしいからガイドのネギさんにも聞けずじまい…)

そんな長年の?謎が遂に明らかに!

*********

ヒンドゥー教のシヴァの寺院では、
神の姿ではなく神体としてシヴァリンガがシンボルとして安置されており、
それが礼拝の対象になっている。
シヴァリンガは、リンガとヨーニの二つの部分からなり、
内側が受け皿状の円形または方形のテーブルの横に
油が流れ出る腕が付いているヨーニの中心部に、
リンガと呼ばれる先の丸い円柱が立っている。

ヨーニは女性器の象徴で、リンガは男性器の象徴であり、性交した状態を示す。
ただし、我々は性交しているシヴァを女性器の内側から見ている形になっている。
これは、シヴァ神が女性と性交をして現われたのがこの世界で、
それが我々の住んでいる世界という意味になっている。

********

なるほど!内側からね!
目から鱗!!
しかもなんだか奥が深いぞ!!

意外な方向からの見方で
素直に感心してしまったのでしたクローバー
http://najitico.blog.drecom.jp/archive/181
najitico


参考5:

この飛鳥坐神社のご祭神は、事代主神高皇産霊神飛鳥神奈備三日女神(=賀夜奈流美乃御魂)、大物主神の4人を祀っていましたよね。

ですが、どーみたって、最後の謎の女神さま。飛鳥神奈備三日女神 別名「賀夜奈流美乃御魂」(かやなるみ)さんしか、いないような気がします。なんたって、女の神さまだもん♪ (^^)

ま〜 これが日本古来のというより、世界各地で信仰の対象とも思えますしね。
ヒンドゥー教の世界では、シヴァ神の化身ともなっており、男性のシンボルを象徴したモノは、「リンガ」lingam と呼ばれ、これ アタリマエのように、手を合わせて祈るわけだし。男性だけでなく女性のシンボルを象徴化したものは、「ヨニ(ヨーニ)」yoniと呼ばれます。よくセットで見られるんですけどね。

しかし、ここ飛鳥坐神社には、男性バージョンしかなく、女性バージョンが見あたらなかったのです。
う〜ん これは、女性の神さまに捧げているからかも。。。。しれませんね。

↑ これは、参考写真です。リンガ(男根)と、ヨーニ(女陰)が一緒になったもの。インド バナーラス・ヒンドゥー大学内の、ヴィシュワナート寺院のリンガ、ヨーニです。
http://www3.kcn.ne.jp/~mamama/nara/temple/asuka-asukaniimasu-shrine-05.htm
とんでもとらべる


参考6:
 シュメールは古代バビロニア語のスメル(SUMER)から来ている。聖なる須弥山はまたの名をSUMERUという(チベット名はカン・リン・ボチェ)。シュメール文明はBC4000年頃チグリス・ユーフラテスで栄えた。その後700年を経てシュメール都市国家は,メソポタミア文明となった。またウル王朝(イラク)のジッグラドはバベルの塔の原型とされる。古代国家の歴史はここをクリック。
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/375.html
ゲームの達人


参考7:

スメラは稲妻である

大野氏は「スメラ」は「シュメール」、つまり須弥山の「須弥」であるが、この「スメルが日本に入ったと見る以外にない」とする(大野「形成」p523)。

スメラ、シュメール説は無理の多い解釈と思われる。なぜならタミル語でもsumeruは須弥山なのだが、より正確には以下の意味になる。

●タ sumeru   a peak in meru(メル山の頂上);

つまり、メル山の頂上が、なぜ日本語では「皇」なのか、これは日嗣を日継ぎと解釈する以上に難問である。

大野説のように稜威がiti由来であるとすれば、スメラも雷鳴にちなむ名前である可能性が大きい。それだと稜威と日嗣とスメラは、ことごとく「雷」という概念で一括りにできるとともに、大王と稲と稲妻も一括りにして考えることが可能となる。

この場合、日本の大王は「雷鳴を伴う電光」と考えられていたという仮説を立てることができる。そしてこの考え方を推し進めると、なぜ大王をスメラというのかが分かってくる。

*スメ・スメラ

●タ capal-ai     lightning(稲妻);

●タ caval-ai     lightning(稲妻);

○日 sumer-a    すめら。a/o対応。列島内でo/u交替。 

○日 sumer-o    すめろ。

○日 sume     【皇/すめ】。-laiの脱落。

「すめ神」という言葉も、古代にはよく使われている。稲妻神ということになるが、文献時代には、皇祖神という意味として理解されていたように思える。このように【日嗣/ひつぎ】も【聖/ひぢり】も【皇/すめら】も、雷電もしくは稲妻という意味である。

タミルでも、雷電と皇帝は同じko(oは長音)であることが注目される。
http://www.taka-aki.com/personal_note/tamil/tamil13.htm


■日本語の起源
(にほんごのきげん)
田中 孝顕 著
定価 : 9,800円(税別)
きこ書房

→書籍のご購入はこちら



目次

はじめに

曙光
第1章
野音韻対応法則
第2章
比較言語学における統計処理の問題点
第3章
複合対応の必然性


http://www.taka-aki.com/personal_note/index_tamil.html



田中孝顕オフィシャルサイト サクセスオンライン
参考8:
アンク
http://bymn.pro.tok2.com/karakusa/egypt/ankh.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%AF