マイルス・デイヴィスの演奏:脱同一性化と差異と差異共振シナジー


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私はジャズには疎いが、今日(昨日)、渋谷のタワーレコードで、マイルス・デイヴィスの1967年のヨーロッパ・ツゥアでの、クゥインテットの演奏のDVDがモニターに出ていた。
 直感では、見事な演奏であった。昔は、マイルスの音楽はピンと来なかったが。
 思うに、彼の演奏は、差異様態であると思った。それも、不連続的差異の様態音楽であると思った。以前、シューベルトの音楽を分析したとき、不連続的差異論を適用したものであるが、それとは、異なる、不連続的差異の様態であると思う。ここで、図式化すると、

差異1/差異2/差異3/・・・/差異n

イデア界がある。そして、これらが、即非態化して、イデア・メディア界となる。即ち、

差異1☯差異2☯差異3☯・・・☯差異n

である。ここで、連続的同一性化を考えると、それは、

差異1=同一性1=差異2=同一性2=差異3=同一性3・・・=差異n(=同一性n)

となる。そして、同一性を独立させて、

同一性1→同一性2→同一性3→・・・→同一性n

となる。これが、私が思うに、古典的音楽である。モーツァルトの音楽である。ここには、連続性の規則・調和が支配しているのである。メロディーであれ、リズムであれ、和声であれ。しかし、マイルスの音楽は、例えば、以下のような感じに思える。

同一性1→差異1→同一性2→差異2→・・・→同一性n→差異n

音の進行が脱同一性化をもたらし、差異(不連続的差異、特異性)を示唆的に浮き上がらせるのである。これは、不連続的差異論的分析である。プラトニック・シナジー理論的にはどうなるのか。
 これは簡単である。即ち、

差異1*差異2*差異3*・・・*差異n

と差異を共振化するのである。同一性から解き放たれた差異が、共振シナジー化するのである。これが、マイルス・デイヴィスのジャズ音楽の秘密ではないだろうか。

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マイルス・デイヴィス
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Miles Davis
基本情報
本名 Miles Dewey Davis III
生年月日 1926年 5月25日
イリノイ州オールトン
死没地・日 1991年 9月28日
ニューヨーク州ニューヨーク
ジャンル ジャズ , フュージョン
職業 バンドリーダー , 作曲家
担当楽器 トランペット , フリューゲルホーン , オルガン
活動期間 1944-1991
レーベル プレスティッジ 、CBS
公式サイト http://www.milesdavis.com/

マイルス・デイヴィスMiles Davis, 1926年 5月26日 - 1991年 9月28日 )は、ジャズ のトランペット 奏者。アメリカ のイリノイ州 アルトン生まれ。翌年にイースセントルイス へ転居。

父は歯科医であったため、マイルス自身は他のジャズプレイヤーよりとても裕福な環境で育った。母は音楽の教師をしており、その影響で10代の頃からトランペットに興味を持ち演奏練習をしていた。

高校時代に地元ではジャズバンドを結成、セントルイスでは大人とのバンドで活躍していた。当時のセントルイスには黒人労働者居住区が多く、ジャズライブが定期的に行われていた。そのためマイルスは多数のジャズプレイヤーを見て学んでいた。

18歳のある日にマイルスは、セントルイスチャーリー・パーカー が演奏しに来たとき偶然にもチャーリーとの演奏を果たした。彼はその後直ぐにニューヨーク に上京しジュリアード音楽院 に入学。後パーカーのバンドに加わる事となった。


目次
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* 1 来歴
* 2 バンド・メンバーの変遷
* 3 ディスコグラフィ
o 3.1 Capitol
o 3.2 Prestige
o 3.3 CBS
o 3.4 Warner Bros.
o 3.5 映画音楽
* 4 外部リンク

[編集 ] 来歴

アルバム「カインド・オブ・ブルー」などで知られる、モダン・ジャズ の旗手。テクニックに頼らない、適材適所の感情豊かなプレイを実践した一方、その後のリーダーアルバムやステージでも、セッションメンバーにそういった演奏を常に求め、かつアンサンブル も重視した。

チャーリー・パーカー の元でのビー・バップ からキャリアははじまり、ソロとして独立してからのクール・ジャズ 、その後のハード・バップ 、モード 重視のアドリブ プレイ(モード・ジャズ )、フリー・ジャズ の分野などと、自ら築き上げた音楽スタイルを変化させながら、常にジャズ界をリードしてきた。

後にはエレクトリック楽器を導入し、特に1980年代 のステージでは、トランペットとシンセサイザー の双方もプレイする。音楽的には、ハードロック やソウルミュージックフュージョン の要素を取り入れた時期もあり、晩年には、ラップ も取り入れた。セッションに参加したメンバーも後に次々に成功し、それぞれもまたジャズ界やフュージョン界をリードしていくようなプレイヤーに成長していったことでも有名。

マイルスのトランペットのプレイのおおまかな特長としては、ミュートすることはあっても、ビブラートをあまりかけず、速い演奏などといったテクニックにはあまり頼らないことがあげられる。後には、無駄な音を一切出さないといった方向性にも繋がっていき、メンバーにもそういった方向性を暗黙に求めた。楽曲上の主な特徴は、初期においては、テーマの後、それぞれが順にソロ演奏を行い、その間バックアップとして呼応したり煽る事はあっても、アドリブ演奏を同時に二つ以上ぶつけることはせず、その後、再びテーマに戻って終わるといった、ジャズでの典型的なものである。フリージャズの時代以降は、テーマに戻らずに終了する作品も見られる。

スタジオ盤に於いては、収録時間の関係上、編集でカットされたり、つなぎ合わすことが多かったが、音を差し替えることはなかった。ステージに於いては、他のミュージシャンにもいえるが、スタジオ収録の新作曲や最先端の音の披露よりも、その時の楽器編成で有名な曲を演奏する事が多かった。

また、クラシックなどのアレンジも研究し、クールジャズや後の完全にアレンジされたジャズにおいて、その成果が発揮された。ブルースにはじまり、ロック 世代のギタリスト や、晩年にはヒップホップ のビート やラップ なども取り入れるなど、ジャズの範囲ばかりではなく、様々な民族音楽や目立ったミュージシャンもマークしていたともいわれている。

マイルスはアメリカにおける人種差別問題には常に批判的であった。しかし、音楽性の追求のためには人種は関係ないというスタンスを貫き通した。第一期クインテット時代に、一時的にビル・エバンス をバンド・メンバーに迎え入れた時に、当時の主なマイルス音楽のリスナーだった黒人層からは多くの批判が浴びせられたと伝えられているが、当時のマイルスは「いいプレイをする奴なら、肌の色が緑色の奴でも雇うぜ!」と豪語したと伝えられている。(ただ、ビル・エバンスは音楽的には大きな貢献をしたものの、一年程度の在籍ののち白人バッシングに耐えきれずにバンドを去ることになったと言われている。)同様に、唯一のアジア系人種として、ピアニストのケイ赤城 が1989年 から2年間、日本人としては最初にしてただ一人レギュラーメンバーとして活躍した。その他に世界的なジャズギタリストである渡辺香津美 や、日本屈指のベテランのドラマー村上ポンタ秀一 も、マイルス側からオファーを受けていたという事実がある。

若い頃の薬物中毒からの克服、後年のブランク(休息)期間を経ての晩年の活動期間など、終始、ジャズ界だけに収まりきらない影響を与え続けてきた。

[編集 ] バンド・メンバーの変遷

* 第一期クインテット(1955〜1963)
o ジョン・コルトレーン (サックス)
o キャノンボール・アダレイ (サックス)
o レッド・ガーランド (ピアノ)
o ポール・チェンバース (ベース)
o フィリー・ジョー・ジョーンズ (ドラム)
o ビル・エヴァンス (ピアノ)
o ウィントン・ケリー (ピアノ)
o ジミー・コブ (ドラム)

* 第二期クインテット(1963−1968)
o ウェイン・ショーター (サックス)
o ハービー・ハンコック (ピアノ)
o ロン・カーター (ベース)
o トニー・ウィリアムス (ドラム)
o ジョージ・コールマン (サックス)

* エレクトリック初期=ロスト・クインテット時代(1969〜1971)
o ウェイン・ショーター (サックス)
o チック・コリア (キーボード)
o デイブ・ホランド (ベース)
o ジャック・ディジョネット (ドラム)

* エレクトリック前期(1971〜1973)
o ゲイリー・バーツ (サックス)
o スティーブ・グロスマン (サックス)
o キース・ジャレット (キーボード)
o マイケル・ヘンダ−ソン (ベース)
o アル・フォスター (ドラム)
o アイアート・モレイラ (パーカッション)
o ドン・アライアス (パーカッション)
o レオン・ンドゥグ・チャンスラー (ドラム)

* エレクトリック中期(1973〜1974)
o デイブ・リーブマン (サックス)
o レジー・ルーカス (ギター)
o ピート・コージー (ギター)
o マイケル・ヘンダ−ソン (ベース)
o アル・フォスター (ドラム)
o ムトゥーメ (パーカッション)
o カルロス・ガーネット (サックス)
o カリル・バラクリシュナ (シタール
o バダル・ロイ (タブラ)

* エレクトリック後期(1975〜1976)
o ソニー・フォーチュン (サックス)
o レジー・ルーカス (ギター)
o ピート・コージー (ギター)
o マイケル・ヘンダ−ソン (ベース)
o アル・フォスター (ドラム)
o ムトゥーメ (パーカッション)
o サム・モリソン (サックス)

* カムバック後 前期(1981〜1984
o ビル・エヴァンス (サックス)(第1期のピアノとは別人)
o マイク・スターン (ギター)
o マーカス・ミラー (ベース)
o アル・フォスター (ドラム)
o ミノ・シネル (パーカッション)

* カムバック後 中期(1984〜1986)
o ボブ・バーグ (サックス)
o ジョン・スコフィールド (ギター)
o ロバート・アーヴィング (キーボード)
o ダリル・ジョーンズ (ベース)
o ヴィンセント・ウィルバーン (ドラム)
o スティーブ・ソートン (パーカッション)
o ロベン・フォード (ギター)

* カムバック後 後期(1987〜1991)
o ケニー・ギャレット (サックス)
o ジョセフ・フォーリー・マクレアリー (ギター)
o アダム・ホルツマン (キーボード)
o ケイ・赤城 (キーボード)
o ジョーイ・デフランセスコ (キーボード)
o ベニー・リートベルト (ベース)
o リッキー・ウェルマン (ドラム)
o マリリン・マズ−ル (パーカッション)
o ムニュンゴ・ジャクソン (パーカッション)

* ラスト・バンド(1991)
o ケニー・ギャレット (サックス)
o ジョセフ・フォーリー・マクレアリー (ギター)
o デロン・ジョンソン (キーボード)
o リチャード・パターソン (ベース)
o リッキー・ウェルマン (ドラム)

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